マイ・ロスト・シティー (村上春樹翻訳ライブラリー)
カスタマーレビュー
- 作品作者そして読者も
- 「私は言葉にならぬ声で叫び始めていた。そうだ、私にはわかっていたのだ。
自分が望むものすべてを手に入れてしまった人間であり、もうこの先これ以上
幸せにはなれっこないんだということが」(マイ・ロスト・シティー)
頂もその先にある下り坂も若い日には想像でしかなかった。
でも実際のところ自己憐憫という緩衝材にくるまれて猛スピードで落ちていくのは悪くない。 - 翻訳家村上の出発点
- 誰かが「村上春樹の翻訳は作家の旦那芸ではなくて プロの翻訳家の仕事だ」と言っていたのを憶えている。
村上の場合には 彼自身がどこかで言っていたが 翻訳、自作の短編、自作の長編、エッセイを書き分けていくことで自分のバランスを取っているとのことだ。その意味でも 翻訳を抜きにして村上は語れない。
そんな村上が始めに訳したのが本書である。
村上の翻訳の仕事の中では カーバーの紹介が一番目立つが 実はフィッツジェラルドから始めたというのは案外知られていない事実ではないかと思う。最近でこそ ギャツビーを訳したことで 村上とフィッツジェラルドの関係が目立つようになったがついこの間までは 余り知られていなかったのだと思う。
美しい短編集だ。フィッツジェラルドの持つ独特の叙情性が 若かりし村上の愛情込められた筆致で日本語に編み上げられている。
- 静謐な哀しみ
- 初期の春樹さんの翻訳はどこかぎこちなくて、すっ、と作品の中に入っていけないことが多かったのですが、今回は改訳ということで読み出してみたら、素晴らしい出来でした。
フィッツジェラルドの世界を、静かな日本語におきかえ、淡々と、しかし心にしみいる語り口で読者へ伝えています。 - よりわかりやすく
- 半世紀以上前の出来事を現代に再現するためには、それなりの翻訳が必要だと思う。当時の知識に基づいた文脈の解釈があってこその改訳だと思う。よりわかりやすい翻訳になった。ここに村上春樹さんの翻訳の原点がある。スコットに新書サイズが意外と似合う。

